第168章

大島の父は長い沈黙のあと、膝の上に置いた右手へ視線を落とした。その手は、もう何年も前からだめになっている。碁石ならつまめるし、家電の簡単な修理だってどうにかなる。けれど――絵筆だけは持てない。

もう、あの繊細な線を引くことはできなかった。頭の中に湧いていたはずのひらめきも、今はどこにもない。筆を握った途端、手が震える。

隣に座る大島莉理が、柔らかな手を父の手の甲にそっと重ねた。

「病院が嫌いなのは分かってる。でも今回は、絶対に私の言うことを聞いて。……私、もう一度、意気揚々としてるお父さんを見たいの」

子どもの頃、莉理の手は父の手よりずっと小さくて、片手で簡単に包み込まれてしまった。...

ログインして続きを読む